ふたりで暮らしひとりで生きる

独り立ちしたいこじらせアラサーの雑記

やたらめったら語る邦画の主人公

 

みなさんの周りにいませんでしょうか。「邦画は全然見ない」と言う人。自分がそうです、という方もいらっしゃるかもしれませんね。

私の友達にもいます。人生において、定期的にそんな人が身近に現れる気がします。それだけたくさんいらっしゃるということなのでしょう。

 

私自身は、最近までほぼ邦画しか見ていませんでした。好きな洋画を問われて「アルマゲドン」と答えるくらいの洋画レベル。有名どころを金曜ロードショーで観る程度でした。

ところが2ヶ月ほど前「休みの日はレンタルした洋画を見る」というライフスタイルに急に憧れだし(痛)、話題になっていた「オデッセイ」を観たのがきっかけで、わかりやすくハマる。憧れていたライフスタイル(痛)を自然に手に入れることになったのでした。

 

そこで気付いたのです。

「洋画の登場人物は邦画ほど語らない」

なんというか……人物同士の会話のために必要な長ゼリフは普通にあるんだけど、日本のレスキュー系の映画によくある「諦めちゃいけないんだ」みたいな。明らか視聴者に聞かせるための長ゼリフがあんまりない。

もしかして、それも洋画しか見ない人が洋画を選ぶ理由の一つなのではないか?

 

私は主題歌を聞いて涙ぐむほど「海猿」シリーズが好きなのですが、それでもこの「長々語り」にはどうしてもツッコみたくなります。せっかく胸打たれる場面なのにもったいないなと思う。意識的に視聴者を感動させようとするあざとさ、押しつけがましさみたいなものを感じて、気持ちが少し冷めるんですよね。「ええからはよせえ!船が沈む!」と思ってしまうんです。

いわゆる「お涙頂戴」みたいなのが好きなのは日本の国民性だし仕方ないんでしょうが、日本人でもそのあざとい感動のさせ方が好きじゃない人もいる。そんな人が洋画の「さりげなさ」「淡々としているところ」に惹かれるんじゃないでしょうか。

 

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手を止めて長々と語る主人公。それに不自然なほど一様に聞き入る登場人物たち。少し滑稽にも見えますが、たまにそんな「日本っぽい人間臭さ」にほっとさせられることもあります。子どもの頃から見てきたものなので、だいぶ刷り込みがあるのでしょう。

ええからはよせえとツッコみながら観ている自分は、実は結構楽しんでいるのかもしれません(^_^)